砺波平野、散村、チューリップ:富山県の地形図

 

村落・都市

地形図を見ると、水田地帯に住居が密集せず点在することが分かります。ここは富山県にある砺波平野(となみへいや)で、散村で有名な地域です。

このような散村は江戸時代以前から形成されました。家屋が一戸ごとに分散することのメリットとして、火災が起きた際、周囲の住宅に燃え移らないことがあります。木造住宅が主流だった時代防火対策は非常に重要でした。

散村が形成した理由は諸説ありますが、16世紀から17世紀にかけて治安が良かったため、比較的自由に農業をすることができたことにあります。農家が家を建て、その周囲の土地を開墾し水田とする方法を多くの農家が採用したため散村が形成されました。

農地と住居が近ければ、移動時間を短縮できたり、水田の管理が楽に行えたりするので効率的な労働ができるのです。この地域は江戸時代、加賀藩に属しました。砺波平野は多くの米が生産できる土地であり、加賀百万石にも貢献しました。

また、江戸時代にさらなる農地開拓により農地が拡大しました。これを新田開発と呼びます。このとき開発された耕地や集落には「○○新田」という地名が多く見られ、地形図でもが確認できます。

また、砺波平野では江戸時代以前も稲作が盛んな土地でした。ただ、鎌倉時代や室町時代では農業様式が現代と異なり、地主の私有地で小作人が農業を行っていました。自分の土地を持つ人は有力者に限られていたためです。

そのとき、小作人が集まって形成された集落を名田百姓村と呼び、地名は「五郎丸」、「太郎丸」など地主(名主)の名前が付けられることが多い特徴があります。

砺波平野はチューリップの栽培が盛ん

砺波平野では水田の裏作としてチューリップを栽培しています。裏作とは主とする作物を収穫した後、次の作付けまでの間、その高地に他の作物を栽培することです。

要するに、稲刈りをした後の田んぼにチューリップを植えて効率的に作物を栽培しているのです。そのため、富山県はチューリップの球根の出荷額が日本一です。1月から2月にかけて新潟県及び富山県のチューリップの切り花が出荷のピークを迎えます。

なぜ、チューリップが富山県で盛んに栽培されるのでしょう。チューリップの特性として、暖かい土の中では根がうまく育たないことが知られています。そのため、植え付けは地温が十分下がった頃に行います。

また、富山県は日本海側の気候であるため冬に雪が積もります。雪の下でチューリップの球根は根を伸ばし、花を咲かせる準備をしながら春を待ち続けています。これが球根の成長に良い環境であるため、チューリップの栽培に適しているのです。

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